2024年6月15日土曜日

神さまの御業を見る方法

「話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。 シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。」ルカによる福音書548

「しかしペテロは、いま舟や積荷のことなど頭になかった。彼にとってこの奇跡は、これまで見たほかのどんな奇跡にもまさって神の力のあらわれであった。」各時代の希望 第25章 海辺での召し

科学者ケプラーは天文学を研究した時に、神さまの御業を見ました。

魚がたくさん捕れたり、天文学の難しい公式を見て、そうだよね、とは思うものの、感動したり、神さまの御業を見ることができない人もいると思います。

「不信はいつでも疑問の口実をみつけ、どんな絶対的な証拠も理屈で片づけられてしまうのである。」各時代の希望 第41章 ガリラヤにおける危機

しかし、ペテロさんやケプラーは神を見ました。一流だったからでしょう。

一流しか見れないのか・・・

「イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。 20:8すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。」ヨハネによる福音書207

なんと布を見ただけで神さまの御臨在を見た方もいるのです。

 

「神は、私たちに、信仰の基礎を置くに足る証拠を十分与えられた上でなければ、信じるようにはお求めになりません。神の存在も、品性も、また、み言葉の真実性もみな、私たちの理性に訴えるあかし、しかも多くのそうしたあかしによって確立されています。けれども、神は、疑う余地を全く取り除かれたのではありません。私たちの信仰は、外見的なものの上に築くのではなく、証拠の上に築くのでなければなりません。疑おうと思う者には疑うことができますが本当に真理を知りたいと求めている人は、信仰の基礎となる十分の証拠を発見することができます。」キリストへの道 疑いをいかにすべきか

 

「こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。」使徒行伝1727

「なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。」へブル人への手紙116

必ず・・・と書いてあります。

新約聖書 旧約聖書は 約束

英語ではTestament 証拠 契約 遺書

本当に真理を知りたいと求める、熱心に追い求めて捜す、神に来る 

聖書にお約束通りに神さまを求める人は、「必ず」十分な証拠を発見できます。

2022年4月17日日曜日

誤解と理解。

わたしは一年のうち三分の一以上旅をし、全国の教会を訪ねるが、いろいろな問題の相談を受けることが多い。教会内のイザコザ。教会を去っていった教会員のこと。聞いていると、その殆どは教理につまづいて去ったのでも、説教がまずいので来なくなったというのでもない。
 人間関係のしこり、感情のもつれで、互いにもっと話し合い交わって理解していたら起こらずにすんでいたものが少なくないということに気がついた。 
 思いやりのたりなさ、理解の不足、いやほとんどが、誤解に誤解を重ねた結果、ということが判って寂しく思う。
誤解で愛犬を殺した男の話。
血統付の良い犬のもった男がいた。仔犬の生まれる日を楽しみに大事に育てていた。今日あたり生まれる日と思われたその日、急用が出来て外出した。
 用件をすまして帰った主人を無事に安産した犬がペシャンコになったおなかで飛びついて歓迎した。
 見ると犬の口のまわりが、地で染まっていた。産んだ筈の仔犬の姿が見えない。てっきり産んだ仔犬をたべてしまったものと誤解したこの男が、部屋から銃をとりだし一発でうち殺してしまった。
 ところが、その銃の音に驚いてか、小屋のゆかの下から、可愛い仔犬が、一匹、また一匹と出て来たではないか。
しかもよく見ると小屋のうしろに噛み殺された狼の屍がころがっていた。
 親犬の口のまわりの血潮、それは、仔犬を守るために勇敢に狼と戦った血とは知らず、仔犬を喰ってしまったと早合点して怒りにまかせて撃ち殺した自分の浅はかに気がついた時は、あとのまつりであった。

2013年6月8日土曜日

でもな、二度と

「東北のある小さい町に、ちょっとした資産家がありました。旧家。ところが父親が亡くなって、母親と男の子一人になった。そのうちに、小作料がだんだん入らなくなった。広い土地もだんだん取り上げられて、それでもその町では相当の資産家だった。ところが、男の子が高校を出て大学受験を3度すべった時から、ぐれ出して、今で言う何々組という暴力団に入るようになった。母の目をかすめては、父の残した書画や、骨董品や、いろんなものを持ち出したり、時々は喧嘩で新聞だねになったり、バクチをして捕まった、とか話題になっていた。3ヶ月に1度、5ヶ月に1度、帰ってくるたびに、母親が意見するけれども、一旦あのグループに入ったら、なかなか足抜きができない。そうこうしているうち、ある日息子が帰ってきた。何も言わずに自分の部屋の机の前に、あぐらをかいて、頭を抱えて、ジッと考えていた。母は障子の陰からそって見ていたら、引き出しから5寸3分のアイクチを出して、何かしようとしているから飛び込んでいって手を捕え『何をするんだ』と聞くと、『親分に不義理なことをしたので、指をつめて、わびにいかなければならなくなった』『だから、いわないことじゃない。そういう事もあるから、早くやめろよと言ったのに、言うこと聞かないから。指を持っていけば許されるのか。指を持っていけば本当に許されるのか』
 この社会では、親分に罪を犯した場合には、詫びのしるしに、ここから切った。女のトラブルの時には小指をつめる。仲間に対する罪は、中指をつめるというおきてがある。この人は、どこか分からないけど、『指を切って持っていかなければ』『指をもっていけば』『本当に』『赦されるのだね』と。それを聞くなり、子供の手から、そのアイクチを取って、自分の指をブスっと切ったのです。
 母親は、その指をもって親分のところへ行ったって。『何の誰がしの親です。子供の罪は親の罪。子供の失敗は親の失敗。子供の指も親の指も同じだと思うから、指を持って来たから、あいつの罪を許してください』って、言ったって。それを聞いた親分が、さすがに顔色を変え、母親のその切羽詰った愛情の深さに、真っ青になって震えた。『よろしい』『じゃあ、もう一つお願いします。親分、子分の縁を切っていただきたい。二度と息子と関わり合いをつけないで下さい』『それもよろしい』
帰ってきた母親『許してもらったぞ。でもな、二度と、あの人たちのところへ行ってはだめだぞ。また、私の指をつめることのないようにしてくれよ』と。言った。~「それは、いつですか」より~

2013年6月6日木曜日

言わずに

「横浜の事務所にいた頃の話だか、ある日、仕事を終えて帰って玄関に入った。
ところが、玄関に、新しい豪華な?スリッパが二足揃って出ている。
 私の心にすぐに浮かんだのは、古いが、まだ使える今までのスリッパを捨て、高価なものを買ってきた家内の気が知れない。
 贅沢にも、こんな高価なもの・・・・・・ムッとしながら部屋に入った。
 人に注意か警告をする時は、疲れた時、空腹の時、睡眠不足の時を避けなさいと、賢人の言葉を思い出して・・・・ジットガマンしながら、食卓についた。
その時、
『父様、今日三人の娘たち共同で、私達の誕生日のお祝いですと、あのスリッパ送ってくれましたよ。立派でしょう』と・・・・
 私は3月12日、家内は3月13日1日違いでいつも娘たち一緒に祝ってくれていた。
これを聞いて、ドキッとした。ハッとした。
玄関に入るなり、興奮しながら、
『どうしたの、この贅沢なすりっぱは、いままでのものだって、まだ一年や半年はつかえるでしょう。ムダなお金をつかわないよう注意しなさい』なんて言っていたら、傷つけた。心の傷はスリッパが擦り切れて捨てるまで治らないであろう。
 言わずにいてよかったと、わきの下から冷や汗をしながら思った。」~「それはいつですか」より~

泣くのは当たり前だ。泣かせろ

何年か前、東北旅行の時、秋田から盛岡行の夜行列車にのっていた時のこと、車内の人々が気持ちよく寝ていた。ところが、どこからのったのか泣く子の泣き声で目をさました。
 老婆におんぶされたあかちゃん、いくらあやしても泣きやまない。だんだん泣き声がひどくなる。あちこちで『やかましい』など声が聞こえた。
 オロオロしながらドアの外に出たり入ったりしていた。
 その老婆が、『すみません。この子の母が亡くなって、乳をもらいにいく所です。どうしようもありません。』
それを聞いた人々は
『泣くのはあたりまえだ。なかせろ』

そんな事って結構あるのかもしれません。

2013年3月24日日曜日

どっちが清い?

皮膚科のお医者さん
教会の青年会で、あるクリスマスの時、ホームレスの方々に衣服を配ることにしました
彼も、衣服の中から大事にしている服はとっておいて、「これはいいかな?」と思う服を5着ほど持っていくことにしました
そして、ホームレスの方に配り始めました
するの中に、一人で2回取りに来る人がいました
う~ん
3回目、4回目になりました。
さすがに、と思い、4着目を持って行った後をついていきました
すると、彼は思いがけない光景を見ました。
そこには服を取りに来ることもできない人が大勢横たわっていたのです
彼は、そこでとっても嫌な気持ちになりました。
自分はもらえなくなるかもしれないのに自分より困っている人を助けているその人と
ありあまる中から服を分け与え、今もなお暖かい服を着ている自分と比べ、
自分よりよっぽどきれいな心を持っていると思ったからです

2013年3月15日金曜日

最も偉大な発明

麻酔薬の発見者でノーベル賞者として有名なシンプソン博士に「先生が生涯における最も偉大な発見はなんでしたか」と質問した。博士は「私は、いろいろなものを発見しましたが一番素晴らしい発見は、聖書です。その中に”私は罪人のかしらである”ことを発見しました。そして、イエス・キリストによる救いの喜びを発見しました。それこそ最も素晴らしい発見でした。」

最も偉大な発明・・・それは博士にならなくても
誰でも、どんな人でも、すぐそばにあるのかもしれません。

博士は、麻酔薬を発見し、その後の時代の幾千、幾万という多くの人びとが痛みなくして、手術や、歯科治療などなどを受けられることになりました。本当に素晴らしい事です
しかし、博士はもっと大きな痛み、悲しみを癒す素晴らしい救いの喜びを世界の人々に伝えたかったのでしょう